「お恥ずかしい話なのですが、私、どうしたらよいか、まったくわからないのです」と言う勇気
日本の教育の本質は、過保護じゃないだろうか?それは、真に良い教育と言えるだろうか?本当に、国民の自立を目的としたものか?政治に対する期待が過剰であるのは、これが原因だろう。もっと、放ったらかしにした方がいい。どっちみち、身に付くことはないし、一生、役に立つことはない。
このままだと、教える側さえも、どうしたらよいか、わからない問題が生じた時、どうすることもできなくなる。おそらく、今がそうなのだ。
日本経済が、30年停滞していると言われているのも、ひょっとすると、そこに原因があるのかも知れない。30年も、それに気付かなかったというのか?おそらく、そうだろう。嫌な予感は、当たるものだからである。
こうしなきゃいけない、こうならなきゃいけない、ここに辿り着かなきゃいけない(have to)、という合意は形成できるだろうが、そのためにはどうしたらいいか(how)は、誇張して言えば、天才にしかわからない。
最初から言っておくと、私は、自腹で、誰かの、理想の〇〇になる気はない。なんの見返りもないだろうし、そもそも、そんなものは最初から、その人の頭の中でしか、存在できないものである。
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