努力不足は、本当に努力不足なのだろうか?
遺伝的な上限ってのがあるよ、やっぱり、色々なことに。機械で言えば、仕様みたいなもんだな。仕様上の、最大出力を出せてたら、結果はショボくしても、努力不足とは言えないんじゃないかな。それを、努力不足と言ってしまうのは、危ないよね。
平等っていう言葉を、上手いことを悪用して、自己責任に帰せしめているような気も、しないでもないんだよね。
とにかく、知能や遺伝子がショボい人に対して、努力が足りないって言うのは、道徳的かね?傷めつけても、パワー出ないだろ。
仕様上の最大出力が出ていれば、それ以上は出ないわけだから、それ以上を期待するっていうのは、非合理だし、欲が過ぎるよ。無駄なアクションだ。
ムリ・ムダ・ムラの、ムリだね、これは。
能力に応じて働き?必要に応じて?受け取る?
能力は調べられるな。本来、ここまでできるだろうっていうのは。知能検査や遺伝子検査で。
知能検査でのサボタージュを、どう防ぐかだよね。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。